風の噂が届く頃
同僚が突然仕事場に来なくなってから半年が過ぎたころ、
辞めたという噂を耳にした。
「あいつ、焼き鳥屋さんで働いてるんだってよ」
串うち修行から始めているらしい。
甘いサラリーマン生活が長かったのにと、
思った。自営を目指すことはしんどいよ。
甘いサラリーマン生活に浸っているとそんなことも分からなくなる。
その数か月後、転職したと聞いた。
清掃業だそうだ。
また、つらいところに飛び込んだものだ。
そして最近、また噂を耳にした。
人が嫌がる仕事に就いたらしい。
忌み嫌うことのようだ。しかも深夜帯に働く。
だが、とても生き生きしているらしい。
同僚だったころは去勢ばかり張って、
痛々しい方だったのに、毎日笑っているという。
家族は失ったものの自分を取り戻したのかもしれない。
小さな組織で息ができなくなってしまった殻が叩かれ破られ摩耗して本来の彼になったのだろう。彼のこれからの楽しみはわからない。でも毎日おいしいお酒がのめて仕事仲間がいてそれでいいのだ。彼には目標がある。起業して社長になること。
「まじか!」
「ひとりでも社長だからね」
彼は夢物語を話す。
何かを成し遂げること、
ではなく、
何かを夢物語ること、
それこそが人生を楽しく生きることじゃないのか。
そのために夢を少しづつすすめる努力が楽しいんじゃないのか。
人の噂を聞くときに胸中を駆け巡る不思議な感情と思い。
彼らは何を目指しているのだろう。
おれは何を目指しているのだろう。