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眠れない時間の妄想と思考、あくまでも個人的な1億分の1の個人的な破片です。。

家族ごっこ(オムニバス5本立て)

外出禁止令が発令された世界で、

こんなに素晴らしい物があったのかと思い知らされたサービス。

Net配信が出歩けない退屈な時間を救ってくれた。

以前から登録はしていたものの、

それほど活用していなかった。

それが今や、テレビ番組が崩壊してしまい楽しめなくなったので大活躍だ。

テレビはなぜあんなつまらない編集ばかり編成するのだろう。

いま、大活躍するときじゃないのか。

ややこしい権利関係もとやかく言うなって思う。非常事態じゃ。

 

オムニバスのなかでも刺さったのが

「鈴木さんごっこ

ありえない状況だけどラストがいいね。やっぱり映画はハッピーエンドだ。

 

『佐藤さん家(だったか?)」のお葬式のやつ。

葬式は本人のためなのか、遺族のためなのか。

そこは、遺族の意思でよいのかなと思う。

亡くなってまで迷惑をかけたくないし、生きていないのに何でも良い、と思う。

カミに召される?

なら、今を何とかして欲しい。

カミは見ている?

そこで我慢しちゃダメだ、発信しなくては。

ガス抜きに対象物を持ってくることは生きていく上でのテクニックだが、

そればかりじゃいいように上に操られてしまう、のだよ。

助けてくれるのは自分しかいないし自分だけなんだということを忘れてはいけない。

人生は選択という与えてもらうものじゃなく自分で進むことなんじゃないかな。

選択ばかりしていては自我がなくなりカミが必要になってくる。

立ち上がれ。いまこそ、いまだから、おれ。

 

「貧乳くらぶ」

いい!

仲間ちゃんも出演して欲しかった。

 

あとは・・・おしてはかるべし。

 

新型前の日常では絶対見なかった作品。

これだけでも世界は少しずつ、変わってゆく。

テレビは絶対変わるだろう。

変わらない放送局は終わるしかない。

(少なくともおれの中で終わる、ということ)

 

新世界始まりか

鎖国してしまえと、書いてからずいぶんたつ。

小人19はどんどん繁殖してしまい、日本中に蔓延ってしまった。

遅いよ、といまさらいっても仕方がないが、愚痴りたくなる。

 

経済優先が見え隠れするお上の方針は共すれば理解できないわけではないが、

いや、体はそれでOKと反応してしまうが、

民衆が滅んでしまっては意味ないのでは。

国力よりも民力。

経済とは貨幣価値のことと単純に置き換えてしまうと、

食料は飢饉ではないのだからなくならないわけで、

石油もなくならない。

伝染病を撲滅して食料を作りまわす。

こんな単純な事が複雑になってしまっている世界。

輸出するだけの量があるなら世界に向けて分配しなさい。

不足している物資が必要なら配布してもらいなさい。

その間を取り持つ価値が貨幣なら上がろうが下がろうがバランスが同じならば同じこと。

 

がめるな。

 

食料を生産しまわし、また生産すればよい。

もてるものがその収入不足を嘆き、

銀行(ただの金貸し)がお札を取り立てる。

銀行(ただの金貸し)という何も生まない法人というお化けに食われていく恐怖。

くるくる回しているだけじゃないか。

まるで祭りの屋台の綿菓子製造機。

くるくる、くるくる。

 

三半規管がおかしくなりそうだ。

いっそこのまま世界が変わらないだろうか。

自己実現世界。

学歴から始まり、実績を積めはのぞむ方向に進める世界。

土地は有限ではなくなり、争いは沈静化し、資源の共有化。

進化論が正しければ海から陸へと這い上がり人類へと進化した生き物。

また海へ帰るのか、

宙へ駆け上がるのか。

あとから振り返れば2020年がスタートとならないか。

 

あと2週間の緊急対応。

はたして・・・

結果が見えなければ封鎖する、それしかない。

しかし配給はない世界。誰が生き残る?

コーヒーが冷めないうちに

起きてしまったことは変わらない。

たとえ過去に戻って行動を変えたとしても。

 

まじか!

パラレルワールドを真っ向から否定する作品。

肯定する作品が多い中で実に新鮮であった。

その場所から動けない前提で過去に変えるってことは、

妄想だとか記憶操作的な解釈で成立しないでもない。

でも未来にも行けるってのが・・・

 

しかし、過去を考え直して、未来を変えていくことは可能なのだろう。

考え方ひとつで未来はどうにでもなるということ。

行動を起こせば結果が出る、起こさなければ結果は出ない。

ただそれだけ。

どちらが良いとも言えないはず、なのにたいていの作り手は行動を起こすほうを称賛する。なぜか。思考パタンが「しない」より「する」ことによって忘却という安全装置が働きやすいのではなかろうか。こうすればよかったといつまでもぐだぐだ考える習慣が忘却を忘れさせ、やったけど力及ばずだったぜってのが忘却のスイッチかもしれない。後悔しないためには動くしかないという思い込み。動かなくたって後悔しなけやそれでいいわけで、選択肢そのものを忘れてしまえばよい。

今目の前にある問題を考えるのであって過去の分岐点をあれこれ考えても仕方がなわけですよ。

あれ、これ、この作品のテーマと同じだわ。

上からでも下からでも右からでも左からでも答えはおなじ。

より興味のある時間を。

楽しいと思える時間を。

迷っている時間さえもったいない。

コーヒーが冷めないうちに決断を。

手を手を鳴らせばどちらの音なのか

手を打ち鳴らせばどちらの音なのか。

 

A君は右手の音だと言う。

なぜなら左手は動かさないで右手でたたきに行ってるから。

B君は左手だという。

理由はA君と正反対。動かさないほうの音だという。

C君は両方の音だという。

両手を使って初めて音が出るから。

 

Dさんは不思議に思った。

自宅の壁にボールをぶつけて遊んでいる子供たちを怒って追い払うときは

「ボールの音がうるさい!どっかほかであそべ!!」

近所のおばさんが干した布団をトントンするときは

「布団がうるさい!静かにしてくれ!!」

 

因果関係がどちらにあるかで答えは決まっているようだ。

右手と左手、因果関係はどちらだろう。

ある時は右、ある時は左。

 

しかし音とは人の手を離れてしまえば手のものではない。

どちらも権利を主張できない、わけだ。

ましてや音とは空気の振動なのだから、手が震えているわけではない。

だから答えはどちらの手のひらの音でもない。

 

既得権をいつまでも執着しつづければ道を殺める。

決断を迫られる時は一度手を鳴らしてみよう。

音はどちらから聞こえてくる?

 

これで答えになったかな、Xさん。

 

 

ジヌよさらば~かぬろば村へ~

お馴染みの大人計画全力疾走作品。

ありえない設定でありえない日常が展開していく。

しかし見終わったあとには一服の清涼感が・・・

 

そんな感じ。

銭を使えないことと、

村の平和な世界とはあまり関係ないよねと思う。

村人が良い人なだけだ。

 

が、そんな世界にもゴミ処理場を作るために政治の陰謀が渦巻いている。

平和であればあるほど渦巻く。

渦巻かないと映画にならない。

そして大概がゴミ処理場問題。

今ゴミ処理が日本の課題なのか見知れない。

放射能ゴミしかり。

どこの村が放射能ゴミを引き受けるのだろうか。

わが村はイヤだ。断固反対なのである。

そして深海にすてる???

クリーンなエネルギー!原子力とまだCMで流しているようだけど、

Co2だけを見たクリーンということで、ゴミ処理の事まで考えればクリーンなのかどうなんだか。

電気が必要なので作りことに文句はない。

ならば、いま原子力を失えば計画停電という覚悟はできている。

日本の人口増加施策として思い切って踏み込んでいくという手もある。

一方、治安が悪くなるという心配は残るようだが。

やはりここはジヌ(げんジりょくはつヌん)よさらばと、超小型水素発電機を各家庭に配布するしかないわけだ。

 

 

ザ ワード /盗まれた人生

ラストシーン1分の意味は一体なんだろう。

それまではある程度ついていけたと思いたいが、

ラストの主人公のNoで全く意味が分からなくなった。

 

盗作して後悔してます、盗作はだめよ。

なのか、そ盗作して有名になっても欲しいものは手に入らないよ。

なのか、全然違うものなのか、不全。

 

見終わって解釈もしようもない作品は作る意味あるのか、

作者よりも買い付けた馬鹿野郎を批判すべきなのか、

金返せ作品の代表作だ。

ただもしこの作品を、カメラを止めるなの監督が見ていたなら僥倖。

 

ただの仕事か家族かの選択問題なら駄作。

そんなもの家族に決まっている。

仕事なんて孤独なものの言い訳だから。

仕事に人生を求めるなら家族は持ってはいけない。

お釈迦さまも放り出したよね。

サー僕は、どっちだ?

 

朽ちる果てる、とはどのような心境だろうか

世界がウイルスで狂乱しているような報道が連日続いているが、

本当だろうか。

日本だけではないのか、と疑問に思う。

TV台湾やイタリアではマスク統制がすでに始まっているとしたり顔で話す人がいる。

そんな空気の中、仕事がなくなった。

延期と中止と違うらしいが収入面からは同じことだ。

こうして朝から溜まった毒を吐き出さねばこのもやもやに押し潰されそうになる。

樹木は倒れると乾燥するか、水分を吸い込んで腐っていく。

乾燥すれば芝刈りのおじいさんにひらわれて生命を全うする。

腐ればその過程で虫や昆虫が住み着き住まいや養分となりその人生を全うする。

根っこがつながったまま、取り残された個体は朽ちる。

生命環境の循環から取り残され、アイコンとして存在していると思い込んでいたらいつの間にかお化け屋敷扱いされる始末だ。

マスクもなく、目的もなく、出歩けない。

インスタント珈琲ばかり飲み続け、

米はパンの耳に変わり、

切りつめても切りつめても不安のほうが大きくどこまでも追いかけてくる。

今日は何曜日だったっけ、

何度も繰り返し聞く。

そんなことどうでもよいのにそんなことしか人と会話できない。

そんなこと、どうでもよいことしか存在しない世界。

 

もしこのまま朽ちる世界に向かっていくなら、

もうなにもいらない。

物質は錯覚。

一つあれば十全。

すべてを忘れて一から始めればこんなに楽しい世界はないのではないだろうか。

朽ちる果てる世界とは未知の世界を楽しむ世界なんじゃないだろうか。

目標もノルマも対人ストレスもない世界。

ゼロからのスタート、楽しみだ。

今日からそのスタートラインに立ったわけだ。

よーいドーン。

幼くて十全。

下手で当たり前。

書けないことが楽しみなんだから。

そのうちに霞を食って生きてやるのだ。

 

という心境だろうか。