No Offence ~good after bud~

眠れない時間の妄想と思考、あくまでも個人的な1億分の1の個人的な破片です。。

悼む人

以前からちょこっとひかかっていた作家さんがいた。

少し前から読みたかった本があった。

「悼む人」

死者を悼む、新手の職業かと、その場での出来事や日常なのかと想像していた。

仕事に纏わる場所での物語展開は好物なんですよ。

 

ところが、違った。

 

主人公静人はただ悼むだけ。

死者を忘れない、区別なく記憶していく人だった。

そしてその行為はかかわった人を変えていく。

 

かかわった人?

 

そう、読者も。

日常の死に恐れを抱くというとは、

誰からも忘れ去られてしまう、という恐怖ではなかろうか。

誰からも忘れ去られたい、から自尽を選択する。

思考回路は止めることはできないのだろうか。

自尽を選ぶ前に一瞬で良いから、

誰を愛したのか、

誰から愛されたか、

誰から感謝されたか、を思い出してほしい。

真っ黒な世界から光が届くかもしれない。

 

怒りや絶望に囚われてはいけない。

ではなく、

誰を愛したか、

誰から愛されたか、

誰から感謝されたかに囚われてみよう。

 

それだけで、生きることが楽になるかもしれない。

人はみな、ある瞬間は「悼む人」なんだから。

電気海月のインシデント

電気海月のインシデント

 

電気海月のインシデント (jellyfish-movie.jp)

 

予備知識なしにハッカーというだけで見る。

そして、まず思ったこと。

 

これ、学生の卒業制作かよ。

 

が、ストーリーは面白い。

予算もそこそこかかっている。

 

じゃ、この違和感は、なんだ。

手持ちライブ感あふれる映像。

 

ああ、音かも。

どのシーンどのシーン、シーン。

静かすぎる。

そこが妙にライブ感がある。

リアル感がある。

やや無理筋なお話もカバーしてくれるほど。

映画はもっときれいなシーンや驚くほど美しい風景の切り取り方を楽しみたい。

 

が、音を乗せると持ち味が消えてしまうような気がする。

なーんて、面白い作品。

 

このあと、「愚行録」や「脳男」を見た。

全シーン音が効果的に入っていた。知らなかったよ、気が付かなかったよ。

 

音って面白い。

あなたはなにもの

NHKのドキュメンタリーをなにげなく見ていたら、

コロナ過の中、環境が変わってしまった状態でデレクタの質問

「あなたは何者になりましたか?」

小学生の子ども、沈黙。

「なにものって、あなたはデレクタでカメラ構えている人はカメラマンって言うことですか?」と疑問を投げかけてくる。

デレクタ

「絶句・・・そ、そういうことです」とやっと答えるのがやっとの様子。

 

哲学を学んでいるのだそうだ。

普通の子どもなのに、とんでもないところにたどり着いてしまった。

「あなたはなにもの」

デレクタはいまだに答えにたどり着いていないといっていた。

 

「あなたはなにもの」

たいていの人は何処にも疑問を挟まず、職業を答える。

あなたは職業があなたを現すことのか。

あなたの人格は職業なのか。

 

「やいやい、手めーはいったいなにもなんだ?」

拙者か、ただの通りすがりの天下無敵の素浪人!は!

これは身分のことを言っている、のか。

ではあなたは。

「わしゃ、ただのサラリーマンです、かね」

あなた、サラリーマンになりたかったの?

んーんーんー違うなあ。

 

明智光秀という人物。

なにものになりたかったのだろう。

麒麟を捜し求めあいたかった人。

豊臣秀吉という人物。

ただただ武士の頂点になりあがりたかった人。

 

形、名目ではなくそこに意思のあることが必要なこと、なのだ。

社長になりたい社長では何者という問いに答えられない。

麒麟を連れてくるとか、

誰も見つけていない発見をするとか、

毎日笑って生きていくとか、

毎日人に感謝されて生きるとか、

自分が楽しい事の積み重ねが何者を形成していく。

解き放て、「あなたはなにもの」からののろいを。

あなたはあなたで、なにものでもない。

「あなたはなにもの」と聞いて来る相手こそが、のろいに取り付かれ自身を見失っているのだ。それがあなた自身ならあなたは自分自身を縛り付ける自分自身を解放してあげよう。

「あなたはなにもの」

「わたしはわたし」

それ以上でも以下でもない。

「わたしはわたし」

なにをやっても、どんな仕事でも、あれやこれやでも、

「わたしはわたし」

上から見下ろす人ほど忘れていく。

わたしから違うものになりたがるようで。

かわらないのにね。

馬脚をだしているよ。

 

 

 

「恋あた」と「リモラブ」と「姉恋」と「恋母」

気がつけば恋愛ドラマを並行4本視聴していた。

いづれもそんなに話題にならなかったような気がします。

「恋あた」は少女マンガ路線をつっぱしって大満足なフィニッシュ。

途中二人の関係がだるんでつまらなくなったがキキの可愛さでゆるす。

「リモラブ」もっとほっこりするかと思ったがやや世間知らずな檸檬さんにガッカリ展開でした。

ほっこりといえば、「姉恋」我慢の3回放映を過ぎたらぐぐぐうううううううっと面白くなってきた作品。クリスマスラストも良く、流石の脚本。ただ社長のオチはいらんで~(笑)有村さんはほっこりさせたらナンバーワンだね。

最後に「恋母」ラストの展開に違うや~ん。原作者に悪いけどあの展開ならドラマ化を受けないでほしかったわけです。ラヂオで語ってたことともちがうじゃん・・・

 

ということで、それなりに楽しかったドラマたちでした。

この時期やっぱりほっこり系だよね。

意味のないゾンビ系はダメですよ。時間返せといいたい。公式は良かっただけにもったいないよ。これはもう、TVドラマの消し方だわ。

 

そうそう、ついでに朝ドラ「おちょやん」のココまでの印象。

まるで、おしん。。。

これじゃ、脱落するかも。おやじの書き方にすくいがねえ。

おしんでも救いはあったんだからさ。

希望の無いドラマはみたくない。

現実だけで十分っすよ。

1日という時間

1日24時間、1440分。

睡眠時間6時間=360分

残り=1080分

風呂、御飯など生理現象の時間=180分として

残り=900分

この時間を仕事や学業が無い自由になると仮定すれば、

いったい何ができるだろうか。

無限の時間のように思える。

なら、映画を見よう。準備とDVD上映時間を180分使う。

620分も残る。

そうだ、猫の相手をしなければ。30分。

590分。

夜のドラマを見なければ、120分

470分。

む、無限の時間だ!

 

その、はずでしょ、ね。

それなの、なのに、気がつけば1日が終わっている。

 

なぜだ!

私の470分は何処に消えた。

計算外のすきま時間の合計が60分あったとしても410分が消える。

 

これはどこかの誰かが時間を盗んでいるに違いない。

誰も気づかぬよう、こっそりとひっそりと。

犯人のめぼしはついているが声を大きくして叫べない。

叫べば消される。

この世から無かったことにされてしまう。

それだけはご勘弁願いたいわけなのです。

気がついてしまった私が悪い。

知らないふりをして敵の隙を見つけて取り返してやろう。

 

なんて思ってないですから。

怠惰に垂れ流し続けてやりますよ、ええ、そうしますから。

Utube?

SNS

Webサービス

楽しすぎ。

人生はTVとWebがあればほかに何もいらないのではなかろうか。

 

キキちゃんが

「動かなければ心は腐るよ」と言ったっけ。

 

ああ、これからのTVドラマでは受け入れられるのは応援ドラマだ。

とにかく動く奴とそれを応援する仲間、が真ん中にあるドラマ。

部隊は恋愛でも刑事でも医者でも何でもいいよ。うんうん。そうだよ、それが見たいと思うわけです。

そしてそれを見る応援してもらいたい人々が時間を消費しているわけだ。

 

応援されて消える時間。

それでいいのだ。

そしてどんどんエネルギーを蓄積すればよいのだ。

 

できればね。

 

再度書いておこう。

「動かなければ心は腐るよ」

しみたわ~永い言い訳

凍みた・・・

YouTube にリンクできた。

こんなことが簡単に出来るなんて、すごい世の中になったものだ。

www.youtube.comた

竹原ピストルさんが出演したので前から見たかった作品。

自分の立場とは全然違うがじわっと不条理な日常に放り込まれた。

もし実際にわが身に同じことがおこったらどうすだろうか。

一人で深い穴に落ち込んでいることを隠し、

へらへらと日常を能面のような顔して過ごしていくのだろう。

そして、どこかが壊れていく。多分。一人だから。

映画のような会いがあればよいけれど。

なんだかやるせない。

脱力。なぜだろう。

今の自分に必要なものがそこに見えたから。

 

だろう。

子どもの面倒みるもっくん。

そこから得るものは大きかったに違いない。

子どもを見ず死んだ妻を思い続けるピストル。

逃げてるもっくん。

逃げてるピストル。

逃げてる俺。

 

向かい合って話をしよう。

きっと楽くなる。

 

 

かもしれない。

しみる~。

風をつかまえた少年

風力発電で電気を起こして生活を豊かにする話。

 

アフリカ(マラウイ)の事を知りたくて手に取った。

想像以上の貧困と生活。

 

映画『風をつかまえた少年』公式サイト

 

水害と災害と大企業の横暴。

大地が枯れていくのは人災じゃないかと思い知らされた。

過去は族長が飢饉を救った。

いまは民主主義が飢饉を救ってくれる、はず、

 

なのに、多数決は貧困層を見捨てる。

そして、見捨てられた技術やゴミから電気を作り出した少年。

自転車のダイナモ

捨てられたポンプ?

使い古しで、今ココにも其処にも見向けもされない技術がマラウイの大地を救う。

外にも、もっと簡単で便利な捨てられた技術がある、はず。

危険な原子力や炭素を利用しないで必要最低限の生活が手に入るのでは。

と、思わされてしまう。

改めて、いま、いろいろな方に見ていただきたい作品だった。